東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)82号の1 判決 1970年7月29日
(原告) 小泉征一郎
(被告) 東京地方検察庁 検察官副検事 西山良夫
訴訟代理人 松崎康夫 外一名
主文
本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告が昭和四〇年七月九日付で原告の倉留栄一を被告訴人とする告訴に対してした不受理処分を取り消す。若し右取消しの請求にして理由がないときは、被告が原告の右告訴に対してなんらの処分もしないことが違法であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
原告は、昭和四〇年六月二一日午後六時三〇分ころ、背中に「日韓会談はベトナムに自衛隊出兵を目ざしている。」と記入したゼツケンをつけて、東京都港区赤坂葵町二番地アメリカ合衆国大使館先の路上を通行中、警視庁第一機動隊員らによつて右ゼツケンをはぎ取られたので、同大使館の巡査派出所において該機動隊員らにその理由をききただしていたところ、同派出所に入つてきた警視庁赤坂警察署警備課長倉留栄一は、道路交通法違反に籍口して原告を不法に逮捕し、赤坂警察署に連行したうえ、午後一〇時一〇分ころまで約三時間にわたつて取調べを行なつた。倉留の右所為は、明らかに刑法一九四条の特別公務員職権濫用罪に該当するので、原告は、右倉留を告訴すべく同年七月九日被告に面接して告訴状を提出したが、被告は、証拠不十分の理由によつてその告訴状を原告に返戻した。ところで、告訴が有効に成立すれば、捜査機関は、調書の作成(告訴が口頭でなされた場合)、捜査、起訴不起訴の決定、告訴人への起訴不起訴の通知等をなすべき義務を負うのみならず、時には告訴が公訴提起の条件をなすものであるところから、法は、その成否と日時を明確ならしめるため、捜査機関による受理、不受理なる特別の処分を予定しているのであつて、告訴は、単に犯罪事実の申告と訴追を求める旨の意思表示が捜査機関に到達するだけでは足らず、さらにこれに対する捜査機関の受理処分があつてはじめて成立するものと解すべきであるから、被告の前記告訴状の返戻は、告訴の不受理処分に該当するものというべきである。そして、原告の告訴状は、刑訴法所定の要件を具備しており、捜査機関としては、前記のごとき理由をもつて告訴の受理を拒否しえないこと明らかであるから、被告の右不受理処分は、違法である。そこで、原告は、被告を相手どり、右不受理処分の取消しを求める。仮りに、不受理処分がなされていないとしても、被告は、右告訴に対してなんらかの処分をなすべき義務があるにもかかわらず、相当の期間を経過した今日にいたるまで、なんらの処分をもしていない。よつて、原告は、若し右第一次的請求にして理由がないときは、被告に対して右不作為が違法であることの確認を予備的に請求する
と述べ、<証拠省略>
被告指定代理人は、「本件訴えはいずれもこれを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、刑訴法上、告訴は、告訴権者が書面若しくは口頭をもつて捜査機関たる検察官又は司法警察員に対し犯罪事実を申告して訴追を求めることによつて成立するものであつて、これにつき捜査機関の受理、不受理なる特別の処分を容れる余地はない。しかも、およそ、告訴を受ける捜査機関としては、告訴が誣告罪を構成する場合があるばかりでなく、それに基づき捜査が開始されることになると、被告訴人はもとより、第三者の利益を侵害することとなるので、その取扱いに慎重を期さなければならないために、被告は、原告の告訴を受けるにあたり、その前提手続である旨告げたうえで、原告から種々事情を聴取するとともに、原告に対して告訴事実を疎明する資料の必要を説き、疎明資料を添えて告訴状を出しなおすよう要望したところ、原告は、みずから告訴状を持ち帰り、今日に及んでいるので、原告の告訴行為は、まだ完成するにいたつていない。
仮りに、原告の告訴が有効に成立しているとしても、告訴は犯罪捜査の一端緒として捜査機関の専権に属する事項であり、これに対しては、準起訴・付審判の手続等法に別段の規定がある場合を除き、司法裁判所の介入は許されないのであるから、告訴に関する捜査機関の行為は、司法審査の対象とはなりえない。そればかりでなく、原告は、判決によつてそのいわゆる告訴の不受理行為を取り消してもらわなくても、あらためて適法な告訴行為をすることができ、また、それによつて所期の目的を達成することができる関係にあるので、本件訴えを遂行する法律上の利益を欠くものというべきである、と述べ、<証拠省略>
理由
わが国法上、刑事訴追に関しては私人訴追主義を認めることなく、国家訴追主義が採用されていて、私人による告訴は一般に、犯罪捜査の一端緒にすぎず、捜査官が告訴に係る事件について公訴を提起するかどうかは、検察官の専権事項とされ、しかも、検察官の不起訴処分については、検察審査会に対してその処分の当否の審査を申し立て、一定の犯罪に関するものにあつては準起訴・付審判の請求をなしうるものと定められているのであるから、告訴事務の取扱いの拒否若しくは遅延についても、抗告又は不服申立て等の形式により、当該検察官の監督官に対し行政的監督権の発動を促がしうるにすぎず、行政訴訟を提起することは、許されないものというべきである。
されば、本件訴えは、いずれも、司法審査の対象となりえない事項について裁判所の裁判を求めるものであるから、これを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡部吉隆 園部逸夫 渡辺昭)